『わざと忌み家を建てて棲む』
三津田信三 中央公論新社 2020 【きっかけ】心がホラーを求めていたので。 【内容】怖い話と怖い話が裏で繋がっていく…ミステリーホラー。「幽霊屋敷って一軒だけで充分に怖いですよね。それが複数ある場合は、どうなんでしょう」知り合いの編集者・三間坂が作家・三津田の元に持ち込んだのは、曰くある物件を継ぎ接ぎした最凶の忌み家、そしてそこに棲んだ者達の記録。誰が、何の目的でこの「烏合邸」を作ったのか? 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】劇中作として怖い話の短編が何作か存在している感じなんですけど、ミステリーとホラーが組み合わさるとここまで読む手が止まらないのか…!と衝撃を受けました。怖さもあるし、最後の伏線回収も鳥肌が立ちました。 こちらはシリーズ物の2作目。レビューでは2作目はあまり怖くなかったとの意見ありますけど、個人的には印象的なストーリー多かったし、追いかけてくる描写がめちゃ怖いです…! 『三体Ⅲ 死神永生』劉慈欣 ハヤカワ 2021年
【きっかけ】『三体』『三体Ⅱ』を読み、待ちに待った3巻目発売だったので、ようやく!という思いです。 【内容】地球に迫りくる圧倒的技術力をもった「三体文明」に対して、人類はメインプロジェクトの裏で三体星系に「スパイ」を送る計画を進行させていた。その衝撃の計画とは……!! 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】前評では「2巻が一番面白い」と言われていて、かつ「きっと自分には理解できないような壮大な展開で煙にまかれるんだろう」と思ってたら、本作が一番面白かった上に、しっかりエンタメしてて楽しめたことに感動を覚えました。「絶対試算してるな」って思うくらい具体的な数値が出てきて、そういう描写を追っていくと、しがない一般市民の僕が宇宙事業の一端に触れているような気にさせてくれる、そんな未知の体験でした。「普遍性・文学性・娯楽性のラグランジュ点」とはよく言ったもので、全てがバランスよく配分された(まさに3つの天体の重力が釣り合うかのように)壮大な物語を味わえたのが最高でした。これから中国SF大作への期待も膨らみます。 『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』
若林正恭 文春文庫 2017年 【きっかけ】8月に行ったビブリオバトルで紹介された本です。 【内容】著者の若林さんはお笑い芸人オードリーのメンバーで、その若林さんが「新自由主義で感じる生きづらさから離れ、対局にある社会主義国であるキューバに旅立つ」という旅行エッセイです。 日本とはまったく違うシステムで機能する社会での経験をもとに、若林さんが体験から、自分の過去・現在・未来について思考した内容が、軽快な文体で綴られています。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】僕はあまりお笑い番組やバラエティ番組を見ないので、著者がオードリーの若林さんと聞いても全然ピンときてなかったのですが、読んでみると、これがすごい! まずは言葉選びが秀逸! 若林さんがこれまで感じていたであろう、生きづらさと周囲の環境を表現する言葉がピタッときていて、読んでいてもスーッと自分の中に入っていきました。 キューバでは「自分自身」、モンゴルでは「自分と家族」、アイスランドでは「自分と他者」がテーマになっていて、それぞれのテーマに関する若林さんの思考・感情を言語化する力が、読んでいて気持ちよかったです。 印象的だったのは「競争の中にいるからこそ、安全基地として家族やリアルでのコミュニケーションが必要ではないか」という視点です。新自由主義が良いとか悪いではなく、今の世界を見つめて、必要なものを見つけ、その価値を認めること。これが、生きづらい世の中を自分の力で生きやすくするために大事な視点なのだと感じました。 また本作は解説も含めて読んで欲しい一冊です。解説はcrispy nutsのDJ松永さんが書いておられます(東京オリンピックの閉会式に出演されたことでも有名になりました)。 DJ松永さんはこの本に寄せて、自分が若林さんのラジオのリスナーだったことや、自分自身も若林さんがラジオで語っていた生きづらさと同じようなものを感じていたことを書いていらっしゃいます。 これは、まさに「個人的なことは政治的なこと」であり、個々人が抱える生きづらさは個人の問題ではなく、社会が問題を共有していくことなんだ、ということを強く意識づけられました。 人は誰しも、どんな年齢になっても「今の自分」に対する迷いを抱えるものだと思います。そんな迷いを抱えた時に、読んでほしい1冊です。きっと、その時のあなたの気持ちに寄り添う1冊になるんじゃないかと思います。 『幻夏』
太田愛 角川文庫 2017年 【きっかけ】表紙に惹かれて 【内容】23年前、川岸にランドセルを置いたまま、1人の同級生が行方不明になった。流木に不思議な印を残して‥。 23年後、刑事は少女失踪事件の現場で、同じ印を発見する‥。人の犯した罪は正しく裁かれ、償われるのか?司法の信を問う傑作ミステリー。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】 数年前から気になっていた作品。 過去の事件と現代の事件、それぞれの描写をしつつ、法の犠牲となった家族の姿を中心に物語が展開されます。 『もう戻れないあの頃の夏』のノスタルジックな描写と、構造欠陥を持つ警察・組織のリアリスティックな描写を堪能できます。10人の犯罪を罰するために、1人の冤罪を生み出してしまってもいいのか? 読んだ後、何とも言えない気持ちがこみ上げてきました‥。 前作があるようですが、この作品からでも十分楽しめます! 『善と悪のパラドックス ヒトの進化と<自己家畜化>の歴史』 リチャード・ランガム NTT出版 2020年
【きっかけ】最近自分の中でプチヒットしている自己家畜化仮説に関連する書籍を読んでいく中で出会いました。 【内容】最も温厚で最も残忍な種=ホモ・サピエンス。協力的で思いやりがありながら、同時に残忍で攻撃的な人間の特性は、いかにして育まれたのか? 世界を舞台に活躍する人類学者が、〈自己家畜化〉という人間の進化特性を手がかりに、長年のフィールドワークから得られたエビデンスと洞察、人類学、生物学、歴史学、心理学の新発見にもとづき、人類進化の秘密に迫る。(出版社HPの紹介より) 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】「善と悪どちらが人間の本質か」という問いは多くの関心を集めてきたのではないでしょうか。この本では、自己家畜化仮説を手掛かりとして、暴力性の細分化、偏狭な利他主義、処刑仮説など様々な理論を駆使してこの問いに切り込んでいきます。細かい所でまだ理解/腹落ちができていない部分もあるのですが、チャレンジングなテーマ・緻密な論理構成・議論を呼びそうな結論など好みの要素が多く、2021年の今年の一冊として取り上げてみました。 |
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』
米原万里 角川文庫 2012 (Kindle版) 【きっかけ】読書会メンバーの紹介で、読みたいなーと思っていたところ、Kindle Unlimitedでおすすめ表示されてきたので読んでみました。無料で、かつタブレットで読めるというのは、「読もう」と思うきっかけになりやすいことに気づく今日この頃。 【内容】共産党幹部の娘として、1960年1月から64年10月までの約五年間をプラハのソビエト学校で数年を過ごした著者がかつての同級生3人を探して、30年ぶりに再びチェコや周辺国へ出発。SNSやスマホがある現代と違い、文通の思い出を手がかりに現地で聞き取り調査(!)を行うというアナログな手法で話が進んでいきます。戦争や国際政治の激動に翻弄されながらも生き抜く個人の人生模様が圧巻です。作者はエリツィン元大統領の来日時に通訳したりしていたそう。この本の他にも著作がいくつか韓国語に翻訳されているようです。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】まず、「こんな日本人もいたのか!?」と驚きました。そして筆致が素晴らしい。社会主義経済下での生活模様や、同級生の様子を本当に生き生きと描いていて、歴史に翻弄されつつも逞しく生きていく(もしくは死んでいった)人の様子が目にありありと浮かぶようです。巨大なアンテナ、のくだりは、数年間日本を離れて暮らしていた自分には痛いほど分かる気がして少し泣きそうに…。同級生3人それぞれの話のオチも非常に示唆深くて、この本のタイトルも、これ以上の良いものはないであろう、というくらいの傑作です。受験のためにいやいや勉強したユーゴスラビアや旧ソ連圏の国に俄然興味が出てきました。 1960年代の話なのでもう60年以上も前の話ですが、自分が今生きている時代、についても考えさせられます。例えば私がソウルで通った韓国語学校で一緒だったポーランド人やドイツ人、ロシア人が話していた自国や家族のこと、そしてなぜ韓国に来ているのかについて話していたことと重なる部分がたくさんありました。こういうかなり昔の日常、って、ネットでは、特に日本語ではあまり出てこないんじゃないのかな、とも。 国際移動が前よりも簡単になり、「自分の人生は自分で決める」という考え方が若干支配的なっているように思える現代ですが、それを達成するのには命懸けだったかもしれない時代の方がむしろ長くて、我々は歴史の上に生きているのだということを再確認しました。おそらく、今後何年経ってもずっと覚えている本だと思います。 『経済政策で人は死ぬか?』
デヴィッド・スタックラー&サンジェイ・バス 草思社 2014年 【きっかけ】瀧本哲史か誰かが紹介してたんだっけな?それで興味持ちました。 【内容】世界恐慌からソ連崩壊後の不況、アジア通貨危機、さらにサブプライム危機後の大不況まで、世界各国の医療統計データを公衆衛生学者が比較・分析した最新研究。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】2014年の刊行ですが、昨年のコロナ禍において時間をあけて注目を浴びた本です。著者は公衆衛生学者なのですが、膨大なデータから「経済政策の違い(緊縮策を取るのか、刺激策を取るのか)で健康への影響はどのようになるのか?」を示しています。結論から言って、財政緊縮策は不況を長引かせ、健康被害をもたらします。まさに今、只中にあって「じゃあ日本の選択は?」と深く考えさせられる本でした。めちゃくちゃ面白い。 『職業は武装解除』
瀬谷ルミ子 朝日新聞出版 2015年 【きっかけ】『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を amazon で購入したらこの作品がお勧めされ、高評価だし "武装解除" って何?しかも女性?と興味ダダ惹かれで即購入しました。 【内容】紛争地で兵士を除隊せ、武器を回収する「武装解除」「平和構築」の専門家が、自らの軌跡を綴った唯一の自伝的エッセイ。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】高校生のとき、ルワンダの大虐殺の難民キャンプでの親子の写真(3歳ぐらいの少女が、コレラで死にかかっている母親を泣きながら起こそうとしている)を見てから奮起して、ルワンダ、シエラレオネ、アフガニスタン、コートジボワール、ソマリアなどなど紛争後の国々を渡り歩きながら学び、 治安回復のために必要なことが何か、その地域の人々に必要なものは何かを人々と一緒に考え、実践してゆく姿が凄まじくカッコイイ。しびれます。 また、紛争後の問題、例えば、
最後にこの本をベストと考えた理由ですが、「今はできない」とか「難しいから後で」とか言い訳して、やりたいことを先送りにする時ってあると思います。そんなときにこの本を読めば、「いや、思い立った時にやらなくてどうする!」と、自然に後押ししてくれるように感じられるからです。 『服従』
ミシェル・ウエルベック 河出書房新社 2015年 【きっかけ】この人の作品は大体、読んでいて、これも積ん読にありました。ふと時間ができて、とうとう着手できました。 【内容】フランスの選挙でイスラム政権が樹立。研究者である主人公のいる大学でも徐々にイスラムの資金と思想が影響力を強くしていく。 【自分的に今年のベスト!として選んだ理由】トランプ大統領やマクロン大統領の当選など、ポピュリズムの台頭がニュースで取り沙汰されたけれど、その延長線上で起こり得た話のように思えました。ほんの少し政治をなおざりにすることで、ボタンの掛け違えのように第三勢力が台頭してしまい、その結果が社会のインフラに多大な影響を及ぼす。国家を越えた民族意識によって歴史が蚕食される描写は恐ろしいのですが、これを侵略と捉えるのも道義的にどうなのか悩みました。 |